お箸とお米の国♪with アザラシ

アクセスカウンタ

zoom RSS 強化月間

<<   作成日時 : 2007/07/24 22:34   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

週間ブログになりつつあるので、ここらで
すこし強化していきたいと思います。

さて、信おんの状況はというと、
平日は夜にかえってきてだるくて炭堀不在をしています。
その隙に横になってゴロゴロしてるだけ。
たまに合戦いってるんですが、PCが未だになおらないので
甲賀ですらラグでまくりんぐ。
もうあきらめました。

たまに隠れ里でまったりしてると某修羅巫女の魔○羅さんが
相変わらずソロで習得してるのを発見しました。

休日も基本、炭堀不在でこっちは本気で不在のとき多いです。
まじめに外出してます。
狩りは最近は1丹程度が限界です。
なんかまじめに体がだるいです。
朝、コーヒーとパン食べて昼抜いて、夜はおかずとビールでおわります。
どうみても、体力もちませんがな・・・・・

Wikiの「今日は何の日(7/24)」は
・イタリアでムッソリーニの不信任案が可決(1943年)
したそうです。

ムッソリーニといえば、イタリアのファシスタ党の党首で
議会では少数勢力であるが、有名な黒シャツ隊(ドイツでいうとSAみたいな
もんか)のローマ進軍で武力を背景に当時のイタリア国王から組閣を命じられ
イタリア王家は戦後、その責任をとらされるように国民投票により王政廃止で
国外への退去を余儀なくされました。でも、イタリア王家も日和見的なところ
があったがための結果ですかね。もっと早い時期に決断を下すべきだったと
思います。

時代は少し進んでヨーロッパの小国リヒテンシュタインでは大公の君主大権の
発動によりナチズムの台頭を防ぎ、未だに絶対君主制といわれる国体を維持
しています。
近代において王政維持は国民からの支持なくしては成り立たないという
状況で、時の国王、執政者の判断が将来を大きく分けた例ですね。

そういう意味ではオスマン朝トルコも政権側の戦後対応を誤ったことにより
国民から見放された結果かと思います。
第一次大戦での敗戦によることよりも戦後処理に問題があったということです。

ムッソリーニに話を戻すと、不信任案可決後、逮捕→監禁という
流れになるのですが、ドイツ親衛隊のオットー・スコルツェニー中佐を隊長とする
部隊に救出され、北イタリアのドイツ軍占領地隊で通称サロ共和国の首班と
なるわけです。

オットー・スコルツェニー中佐については、その後、大きな所ではハンガリーの
ホルティ摂政の息子誘拐とか、1944年冬のアルデンヌ攻勢(ラインの守り)での
後方攪乱(グライフ(神獣)作戦)で活躍しました。

ハンガリーになぜ摂政がいるかというと、そもそもハンガリーは第一次大戦後の
敗戦でオーストリア・ハンガリー帝国が解体され王室は実体としては存在しなく
なったのですが、国名はハンガリー王国でそこはご都合主義というか、
王室はいなくても懐古主義てきな雰囲気で王国の元、摂政政治が行われていた
ということですね。
もし、第二次大戦での敗戦がなければ、ヨーロッパのどっかの王室から国王を
迎えていたかもしれません。
ギリシャもいまは王室はありませんが、トルコからの独立後は、ドイツとかから
王室を迎えて王国ということになっています。

ということで週末の参院選は又吉イエスがくるとおもうんです。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
それはないだろうw <又吉イエス
みてぃ
2007/07/25 08:28
そんなみてぃさんは地獄の業火に焼かれ(ry
じゃむ
2007/07/25 12:20

コメントする help

ニックネーム
本 文
強化月間 お箸とお米の国♪with アザラシ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる